2024年6月14日金曜日

京都瑞泉寺さんにて、秀次公並びに御一族四百三十回忌記念奉納舞台。供養の芸能 (6月8日)

 京都瑞泉寺様にて、能楽師安田登さんとその一座ノボルーザ

による豊臣秀次公並びに御一族四百三十回忌記念奉納舞台が行われ参加。

午前の用事を済ませ何とか開演前に間に合う、すでにほとんど客席にお客さんが

おられて、最後の方で、空いている席を住職さんより案内頂く。

ちょうど、境内の秀次公とご一族のお墓が見える、拝める席、ありがたし。

本堂は扇風機が回っており、外陣の扉も開けて開放的、そして参拝客が時々

処刑の際、見物に市中の者が集まり、見ていることを再現しているかの様であります。

仏前が舞台、客席から向かって右脇間に、演奏者の方々、最初に瑞泉寺ご住職、中川龍学上人から、秀次公とご一族の歴史、この瑞泉寺建立の経緯を説明して頂く、

今回観客の方に向け、秀次公から、許された方の集まりです、よくお越しくださいましたというお言葉。

近くにカメラマンさんの席があったが、終演後、仏前板の間で正座、深々とお辞儀をされる、とても素敵な方で、カメラ撮影中も配慮あり、撮影技術がプロの方だと感じる。

もちろん厳粛な奉納の舞台中は、撮影録画禁止で、カメラマンが撮影、記録されていた。

(記録の写真はどこかで公開されるのを楽しみにしております)

安田登さん一座ノボルーザ観劇は、私、昨年夏、伏見の絵本屋さんでの『魔法のほね』公演と永観堂での池上舞台を(1回は池上、1回は本堂)3度ほど拝見しています。今回のメンバーも素晴らしい座組。

最初に、電子音楽キーボード演奏のヲノサトルさん、舞台始まり、最初の一音目、しびれました。キーボードなのに、一音目絞りだすような演奏法、その鳴くような感じの音、パイプオルガンのような音素晴らしい。

最初、滑稽なやりとり土地の者役、笑福亭笑利さんと仏師役、升田学さん。

噺家さんはもちろん、升田さんの表現豊かな滑稽味演技も良い。

終盤になり、一人ひとり三十四名の殺生の再現と辞世の歌(現代語訳)を全て読み上げられ、繰り返されるキーボードの旋律とリズム(パーカッション森山雅之さん)そして田淵洋二郎さんによる謡、擦り返される声楽の歌と南無阿弥陀仏。

非業の死の再現舞台故に、客席からすすり方、合掌される方おられる中、舞台は進む、脇間に

ワイアーアーチストの升田さんが、一人ひとり三十四名の愛妾悲しい殺生再現の演技の中、銀の針金ワイヤーで、阿弥陀如来を創作される。
時々、ダン、ドンドンと創作される生の音も、繰り返される旋律と相まって、独自の即興性が発揮されて、感動した。

里の女性(実は秀次公の愛妾の霊)役、かすみさん、名和紀子さん、香夜子さん
 
斬首する武士役、本郷智さん、大島淑夫さん

殺す役殺される役という事もあり、非常に精神的にきつい役どころ、真摯に演技され、客席も感動と、非業の追体験をし、最後真摯に供養を行った。

失礼ながら最初人形が他愛もないように感じたが、山下昇平さん制作の人形が、舞台演技始まると、依り代としての人形がとても意味があり、最後の供養につながる、ワイヤーの阿弥陀如来が完成して、ライトに映し出され、供養する方される方が物心一体となっていた。

このような舞台を構成される安田登さんの演出プロデュース発想に感服。


創作舞台公演の最後に住職さん副住職さん読経。

客だが、同じく浄土門で、読経参加でき、坊さん冥利につきる。

舞台上で非業の歴史追体験、繰り返される旋律に気持ちも高まり、最後一心に供養念仏。目頭あつく、心臓がばくばく動悸しながらの念仏は久しぶりでした。

客席皆さんの切実な気持ちにも影響されていたと思う。

本当に貴重な体験させてもらいました。終演後、住職さんの表情が晴れやかでした。

企画から準備から大変でしたでしょうが、何かに導かれるように、由縁の行事を無事満成された事

素晴らしかったと思います。

創作舞台『殺生塚』慈舟山瑞泉寺 有難うございました。

帰る際に、近江八幡の赤こんにゃくを仏前、位牌前にお供え。合掌


瑞泉寺縁起の冊子とノボルーザグッズに御朱印


本尊前に立ち上がるワイヤーで制作された阿弥陀如来、上の細かい装飾部は事前に制作されていて、尊顔の部分を舞台中、仏師として制作された




前関白豊臣秀次公


死装束着せられ、牛車に乗せられ、引廻しの図




境内の本堂前、御朱印を頂けます。
記念として日付スタンプし、額に収める↓



          
            
京都国立博物館での「豊臣秀次と瑞泉寺」展 
6月18日から8月4日まで
              リンク先↓
豊臣秀次公430回忌 特集展示 豊臣秀次と瑞泉寺 - 京都国立博物館 (kyohaku.go.jp)

6月23日には瑞泉寺さんで研究者による記念座談会も



紫陽花が綺麗に咲く高瀬川
戦国から江戸初期にかけて活躍した豪商、角倉了以翁が私財を投じて開発した琵琶湖疎水、水運として高瀬川も開発した。この徳あるの方は、滋賀豊郷吉田の出身


以上




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